1/17(土)
8ヶ月ぶりに、夫と暮らしていた部屋へ行く。

駅からまっすぐ、酒屋の角を曲がる。そこから見えるわたしたちの部屋の窓。
何年もの間、毎日この道を歩き、この角を曲がり、窓を見あげていた。
同じ形の窓が並んでいる、右端の、上から5番目。
部屋の灯りが点いていない夜が、淋しかったのはいつまでだったかな。
もう、忘れちゃったな。
いつからか、灯りが点いてると憂鬱になったんだったかな。忘れたよ。
そんなことを思いながら歩いていく。
朝だから、もちろん灯りは点いていないし。
約束どおり、あのひとは部屋にいない。

しーんとした部屋に、ひどく緊張しながら入る。
わたしが一番大事にしていたアンティークの硝子器に、安っぽいチョコレートが入れられて、台所のカウンターに置いてあるのが目に入って、感情が爆発する。
さわらないでよ!!
チョコレートをぶちまけて、いらいらと全ての部屋を見てまわった。
寝室のベッドに並べられた枕とか。
浴室のクレンジングオイルとかローションとかシャンプーとか。
洗面所の棚の化粧水とか、引き出しの巻き髪用のドライヤーとか。
使ってなかった部屋のクロゼットに、隠すように入ってた女物の服とか。
食器棚の、わたしが使ってたんじゃない夫婦茶碗とか。
わかってたけど、やっぱり見たくはなかった。

洗面所の棚に置いていた化粧品や髪飾り、脱衣所のクロゼットの中の下着やハンカチ、引き出しの中のアクセサリー、リビングのチェストに入れてたCD…わたしの物だけまとめて、わたしの個室に置かれていた。署名押印された離婚届と協議書と一緒に。
ふぅん…。
これだけを持っていけっていうこと?
他の物にはさわるなってこと?
わたしの硝子器を勝手にそのひとにさわらせておいて。

いらいらする。いらいらする。いらいらする。
感情が昂ぶっているところに、母から「渋滞しているから少し遅くなりそう。」と電話がかかってきて、ひどく冷たい受け答えをしてしまう。そして自己嫌悪に陥る。せっかく手伝いに来てくれるのに、心配してくれているのに。
女のひとが出入りしてることなんか、とっくにわかってたことなのに。

化粧品や下着は、迷わずゴミ袋に入れる。
置いていた服も、ほとんど捨てることにする。
本も処分してしまおう!と決心して、リサイクル業者を呼んだ。
400冊くらい売り払って12700円。
どうしても捨てる決心のできない100冊くらいは、母宅に預けることにした。
食器はほんの僅かだけ。
独身の頃、金沢と西荻窪のアンティークショップで、それぞれ買った硝子器。
父方の祖母から受け継いだ鉢。
幼稚園の頃からお気に入りの、撫子柄のマグカップ。
小学生の頃からお気に入りの、レトロな洋食器3点セット。
大学1年の時、好きだった人からプレゼントされた器(その中に花と手紙を入れてくれたんだった)。
それだけ持っていく。
他にもたくさん、大切にしていた、気に入っていた器たちがあるけれど、思い切る。あの4年前の地震で割れちゃったと思えばいい。思うことにする。

そして。
紙袋の中に無造作にざらざらと放り込まれて、床にぽんと置かれていた、わたしの古いアクセサリーに混じって、指輪の箱があった。
ひとつだけ入っていたのは、夫の結婚指輪。
結婚式の日にしか嵌めなかった指輪。
「指輪してる男って嫌いなんだよね」と、あの頃のわたしは言っていたっけ。
なんだかもう笑い出したいような、手放しでわんわん泣きたいような、腹立たしいような、混乱した気持ちで指輪を眺めた。
他のアクセサリーと一緒に、燃えないゴミの袋に、捨てた。



姉の車に段ボールを積み込んで、着物の箪笥だけは積みきれないので明日取りにくることにした。わたしだけじゃなく母も姉もなんだか気が昂ぶっていて、全然関係ないどうでもいいことを、声高に喋りながら姉の家へ帰る。
ものすごい大きさの、まん丸の、鮮やかな夕日を見ながら、女三人で姦しく喋りながら帰る。
家族って、なんて心安いんだろう。
なんてありがたいんだろう。
夫とわたしだって、一時期は家族だったはずなのに。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
そう思うけど、もう考えることはしない。
まだ時々痛む傷口、その痛みの記憶を、今は反芻しない。

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